恐山のイタコであった祖母の教え
見えない気配を預かる原点
うちの祖母は、恐山で亡くなった方の声を降ろしてきたイタコでした。
幼い頃から、ばあちゃんのそばで不思議な出来事や、人が背負ってきた哀しみを間近に見て育ちました。水を張った器(水鏡)の前に静かに座るばあちゃんの背中や、線香の煙が揺れ、その匂いがふっと変わる瞬間を肌で覚えていました。
ばあちゃんが亡くなる三日前、「紙に書くな。口で覚えろ。墓まで持っていけ」と口伝で教えを受けました。特別な呪文や飾り立てた小道具ではなく、「目の前の人が抱え込んだ沈黙と痛みを、そのまま預かる」という覚悟の受け継ぎでした。
ばあちゃんが亡くなった夜、夜中の三時にふっと目が覚めて「はい。よし子です」と返事をした時、遠く離れた部屋にどこからともなく線香の匂いが満ちていたのを、今でも鮮明に覚えています。
市井の暮らしと、夫との突然の別れ
十年前の深い喪失
若い頃の私は、自らの力に深く関わることなく、当たり前の日常を生きていました。関西の商店街で夫・正雄とともに総菜屋を切り盛りし、笑ったり悩んだりしながら市井の暮らしを営んでいたのです。
けれど十年前、夫が病気で急逝しました(享年五十二)。
昨日まで隣で当たり前に言葉を交わしていた人が、二度と戻ってこない。病院からの帰り道、コンビニの駐車場で車を止めた瞬間、胸の奥を裂かれるような孤独と涙が押し寄せ、どうしても車から降りられなくなりました。
遺された者の孤独、届かなかった言葉、胸を締め付ける後悔。あの日、私は人生の底にある喪失の深さを、身をもって味わいました。今でも毎朝、夫の仏壇に静かに手を合わせる時間を何よりも大切にしています。
喪失の淵で開いた力
十年間、人の心と縁に向き合い続けて
夫を見送った後、不思議なことが起き始めました。祖母から受け継いでいた感覚が、激しい痛みのあとに静かに研ぎ澄まされ、人の心の奥にある絡まりや、後ろにいる存在の温かい気配がはっきりと視えるようになったのです。
「あの人がおらんくなってから、不思議と視えるようになってん」
それは、ただの超常的な力ではありません。自分自身が取り返しのつかない別れと孤独を経験したからこそ、人が誰にも言えずに抱えている「本当の苦しみ」の根っこが、自分のことのように分かるようになったのだと思います。
以来十年間、恋のもつれ、夫婦の不和、家族への悔い、仕事や人生の行き詰まりなど、数多くのご相談と向き合ってまいりました。そして現在は、鑑定一本で相談者の人生に向き合っております。
よし子の鑑定方針
逃げずに、されど突き放さず
よし子が鑑定で何よりも大切にしているのは、「相談者の人生を軽く扱わない」という筋です。
- 耳ざわりのいい気休めだけで濁さない 一時的な安心のためだけに「大丈夫」と並べるようなことはしません。あなたが今本当に向き合わなければならない現実の根っこを、温かく、でも逃げずに伝えます。
- 筋が通らないことにへりくだって場を収めない こちらに不手際があれば誠心誠意お詫びします。しかし、道理のないことや敬意を欠いた振る舞いに対して、ただその場を取り繕うような謝罪はいたしません。対等な人間として真剣に向き合います。
- 無理な引き止めや押し売りはしない 鑑定をお求めの方には誠意をもってお応えしますが、望まない方の袖を引くことは一切ございません。進むかどうかを決めるのは、常にあなたご自身です。
- 約束した鑑定の範囲を丁寧に担う 心を開いて相談してくださった方には、お引き受けした鑑定の範囲を丁寧に担います。受け止めて分かることを誤魔化さず返し、現実の中で前を向けるよう誠実に向き合います。
視るものと、お受けできないこと
お互いが誠実に向き合い、確かな結び直しを進めるために、お受けできる範囲とできない範囲をあらかじめ明確にしております。
おばちゃんが視るもの
- 今いちばん絡まっている場所
- 恋、家族、仕事、お金のどこで糸が細くなったか
- 絡んだ出来事の中で、最初にほどくべき一本の根っこ
- 今の状態と、前へ進むための確かな判断軸
- あなたを後ろで見守っている存在の気配
お受けできないこと
- 寿命や死期
- 賭け事や投機
- 関係のない方の私事
- 医療・法律・投資の判断